www.tourism.co.jp/mailnovel1.html    国際ジャーナリスト 稲村宏史 著

E-Book
PC/Smartphone

Back
 
Next
 

無残!「自ら命を絶った佐藤栄作総理(安倍総理の大叔父)の特使 若泉 敬の沖縄返還」 
 佐藤栄作総理と特使 若泉 敬が実現した沖縄返還は、沖縄住民との「核抜き・本土並み」の約束を完全に裏切った米国の「いいなり」の返還だった。返還の密約の草案は若泉敬がキッシンジャー(ニクソン大統領補佐官)と作ったが,殆どは若泉の原稿で、キッシンジジャーは最終的に3か所の単語を同意語に入れ替えただけだった。このへんの詳細は若泉敬の著書「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス(文芸春秋発行版)に詳しい。しかしこの後すぐ開催されたワシントンでの佐藤栄作総理とニクソン大統領の密約の調印式に→
若泉敬の姿はなかった。戦争真っ只中のベトナム空爆の最前線基地である沖縄を返還してくれと頼む事自体が無理な話と、「核抜き・本土並み」返還を断念し意気消沈した佐藤栄作総理を生き返えらせたのは、同窓で同郷の藤田日本マクドナルド初代社長の「沖縄返還の功績でアジア初のノーベル平和賞を受賞しては!」の一言だった。若い頃、著書「ユダヤの商法」で一世を風靡した藤田は、米国ユダヤ人組織の大物キッシンジャーニクソン大統領補佐官とは旧知の仲だったので、キッシンジャとファーストネームで呼び合う仲だった若泉敬も見放され、藤田と共に佐藤栄作総理のノーベル平和賞受賞に協力していった。
 丁度その頃、毎日新聞西山記者の沖縄返還に関わるスクープ事件がおこったが、その程度の金額ではなく、インタネットの「沖縄返還」にも書かれている程の莫大な政府資金が沖縄返還でニクソン大統領とキッシンジャー補佐官そして佐藤栄作総理と藤田日本マクドナルド社長の間で還流したようだ。その証拠に、藤田田(デン)マクドナルド社長がなくなった時残した個人資産は495億円という巨額であったことからもその一端がうかがえる。
 豹変した佐藤栄作総理に疎まれた特使若泉敬は、後年「他策ナカリシヲ信ゼムと欲ス」を文芸春秋社より出版し、郷里で青酸カリ自殺を遂げた。

 佐藤栄作総理がニクソン大統領と約束して自宅に28年間も保管していた密約が、筆者の情報を基に2009年末岡田克也民進党代表(当時外務大臣)が知るところとなり調べた結果、佐藤信二宅から探し出されたのがこの「日本最大の密約」だ。今後国際法廷にだされて、沖縄の領有権が米国のものであることが認められ「沖縄維新・米領琉球復古」が実現し、米領51番目州 STATE of RYUKYUが誕生するだろう。 

密約の原文はアンダーラインクリック
 佐藤栄作総理(安部総理の大叔父)の1972年5月15日の沖縄返還で、日本に返還されたのは施政権だけだった。施政権だけの返還要求は若泉特使の時からの日本の主張であった。この「施政権だけの返還」が四面楚歌の日本を救おうとしているのだ。その詳細はこうだ。沖縄と奄美は1945年の終戦時に戦勝5か国(米英仏ソ連、中国))が開催したポツダム会談の国際法廷で米国に正式に割譲され、米国のものなのだ。日本はそれを領有権もついていると見誤ってきたのだ。域外国などと中国に言わさないためにも、日本はこの際、沖縄と奄美の領有権を持つ米国に返上し、東アジアの防衛に強固なアメリカの力を頼みにすることが必要だ。
無残!日本外交 NHKスペシャル「密使若泉敬の沖縄返還 2010年6月19日 NHKは「密使若泉敬 沖縄返還の代償」を放映した。そのテレビ画面のを初公開する(アンダーラインクリック)。●字幕に「非核三原則を公然と破って核の持ち込みを認めることはできない」、「この世界の中でどのようにして我々(沖縄)の民族の安全や幸福を保証できるのか」という若泉の苦悩の言葉が綴られている。●佐藤栄作の死後、佐藤宅を訪ねて見せてもらった佐藤の日記に、数年間特使として総理と2人で話し合って実現した沖縄返還に関する記事や若泉の名前すら何処に記載されてないことを知り愕然とした。沖縄返還を自身のノーベル賞受賞の功績にした佐藤の180度の変心に、若泉は完全に弄ばれたのだ。佐藤総理からも冷たく扱われ、その上、沖縄住民との約束も実現できなかったことを苦悩した若泉敬は、1996(平成8)年7月27日福井県鯖江市の自宅で青酸カリを服毒し自殺した。
「沖縄維新・米領琉球復古」入会申込